メモ

以下、なんとなく考えたこと・感じたことをなるべく整理した形で文字に起こして視覚化しました。ツッコミどころ満載かと思いますので、出来たら香りだけ感じてもらって、参考程度にお願いします。それっぽく書いてあっても、今はまるっきり意見が変わってるなんてことがよくあります。人は変わるからね、

メンタルについて

運動前

 大事な試合前や練習前には、多くの場合緊張するものです。一般に、過度な緊張は運動パフォーマンスを低下させると言われます。これは、スポーツ科学の分野において、学習で一度無意識化された各運動要素に対する注意が緊張によって増加し、その運動要素が再び意識されて干渉が生じることで運動パフォーマンスが低下するとされるからです。とはいえ、走るという動作で運動要素が再び意識されて干渉が生じるのかという点においては疑問が残ります。敢えて言うならば、失敗したらどうしようという緊張で疲れて失敗している方が断然多いように感じます。もちろん、大事な試合や練習について、事前にシミュレーションしておくことは重要です。ただ、物事には自らでコントロール可能なことと不可能なことがあって、心配に感じている多くのことはコントロール不可能なことでしょう。なるべくポジティブに考える意識を持つことが大事です。(「Remain relentlessly positive and focus the things you can control in training and racing rather than be rattled by the things you cannot.」)

 アメリカのスポーツ関連の現場でよく使われる表現に「The hay is in the barn. (干し草は納屋にある。)」といったものがあります。試合本番前に、「やるべきことは全てやった。その努力の成果を手に入れよう。」というニュアンスの意味を込めてエールを送るようです。もうよっぽどのことがない限り、めっちゃ遅くなることはないし、もちろん速くなることもないことから、「あとは当日出来るベストなパフォーマンスを発揮するだけ!」って考えられたら最高かも。

 

運動後

 練習や試合後には、必ず振り返る必要があります。スポーツについての学習とは、起きた出来事をどのように捉え直すかであり、これは徹底した内省と合理的な分析、合理的かつ端的な対策で決まります。大事なのは詳細かつ合理的な思考プロセスで、これらがなければ結局何度失敗しても学習せず、いつまで経っても同じままでしょう。仮に、すごく重要な練習を設定通り走ることが出来たとします。ただこの時、設定ペースを守って走ったことよりも、なぜ設定ペースで走ることができたかわかっていることの方が重要です。レースにおいても同様で、勝てたことよりも、なぜ勝てたかをわかっていることの方が重要です。これは逆も言えて、思い通りに走れなかった時は思い通りに走れなかったことよりも、なぜ自分は思い通りに走れなかったのかがわからないことの方に問題があります。なぜなら、物事がうまく進んだとしても、なぜうまく進んだかわからなければもう一度同じこと起こせないからであり、失敗した時もなぜ失敗したかがわからなければ、また同じ失敗を繰り返してしまうからです。
 練習や試合を反省する際には、結果と考察に分けて振り返ると良いでしょう。結果では、タイムであったり、目標との差であったり、その日のコンディション、体調、どんな疲労感であったか、楽しかった、辛かったなど、主観や感情を含めること。考察では、目的に対して何ができて何ができなかったのか、達成できなかった理由は何が考えられるかなど、主観や感情は含めずに、あくまで結果から考えたことを過去の知見っを組み合わせて客観的に考察すること。が望ましいでしょう。
 常に練習や試合で良い結果を出し続けることはできません。失敗したことそのものよりも、失敗後にどう内省し、整理するかがその後の競技人生を決めます。失敗したときには落ち込むものです。熟達者につれ落ち込まなくなると思われますが、実際には毎回同様に落ち込みます。この時大事なのは、落ち込んでも、落ち込み続けないことです。落ち込むこと自体は問題になりませんが、失敗を引きずることで判断に歪みが出たりトレーニング効果が減少したりすることは罪です。「なぜ失敗したのか」だけでなく、「この失敗から何を学んだのか」を問うた上で前に進むことができる競技者には、きっと良い未来が待っていることでしょう。
 とはいえ、練習や試合において、驚くほど良い結果が出るケースや死にたくなるほど失敗するケースはごく稀で、基本的には「ま、こんなもんだろうなぁ」って感じだと思います。「前と全然変わらないじゃんか、もっと頑張らなきゃ」なんて焦ることもあるかもしれません。ただ、心配しないでください。ここまで素直に読んでくれているあなたは確実に成長しています。トレーニングによる日々の変化は小さくて感じづらいものですが、振り返ると大きな変化が起きていることに気づくはずです。Small Stepを大切にしていきましょう。

糖質補給について

運動前

 運動前に糖質補給をする場合、そのタイミングが重要になります。運動開始30-45分ほど前に多量な糖質(75gのグルコース)を摂取した場合、運動開始時に血糖値が高くなっているものの、運動開始と同時に急激に血糖値が低下し、場合によっては低血糖症に陥ってしまうことが報告されています(運動誘発性低血糖インスリンショック)。故に、運動開始直前(30-45分前)には糖質補給を控えるべきと考えられるでしょう。
 なぜ、糖質を大量摂取しているにもかかわらず、運動により血糖値が低下してしまうのか。インスリンは糖輸送体GLUT-4を細胞膜上へと移動させて、血糖を骨格筋細胞内へと取り込ませます。運動を行うことや骨格筋を収縮させること自体も、インスリンとは別の回路を介してGLUT-4を細胞膜上へと移動させ、血糖を取り込ませる刺激となっています。運動中には、交感神経活動が亢進し、インスリンの分泌を減少するにもかかわらず、血糖値が徐々に低下してくるわけですが、これは、筋の収縮活動がインスリンとは関係なくGLUT-4を細胞膜上へと移動させて、血糖を取り込むからです。運動前に大量の糖質を摂取し、血糖値が高くなった状態で運動を開始すると、インスリン分泌が高まり、それによる骨格筋の糖取り込みの増加と、運動/筋収縮による糖取り込みの増加が合わさり、一気に骨格筋の糖取り込みが増強されることになります。それにより、血糖値が一気に低下するわけです。

 

・糖質を摂取するタイミングをずらす
 運動の1時間から1時間半ほど前に糖質を摂取することで、血糖値や血中インスリン濃度の上昇が落ち着いてから運動を開始できるようになります。また、運動直前に摂取することで血糖値及びインスリン濃度が上昇する前に運動を開始することできれば、運動によりインスリン分泌を抑えられ、低血糖状態に陥ることを防ぐことができます。


・摂取する糖質の種類を変える
 グルコースブドウ糖)は、そのままの形で消化吸収されるため、血糖値が上昇しやすく、インスリン分泌も高くなります。GI値グリセミックインデックス)が低い糖質を運動前に摂取すれば、運動誘発性低血糖が生じにくくなるでしょう。

 

運動後

 1日の中で複数レースが行われる場合、使った骨格筋や肝臓のグリコーゲンを次のレースまでに回復させる必要があります。十分に回復できない場合には、エネルギー不足となり、次レースにおけるパフォーマンス低下やトレーニングの質低下につながります。したがって、このようなケースにおいては、運動後にできるだけ速やかにグリコーゲンを回復させることが重要になります。
 グリコーゲン回復のためには、当然その材料となる糖質を摂取しなければなりません。この点、糖質の摂取量が1時間当たり1.0-1.2g/km程度のところで筋グリコーゲンの回復力が最大になり、それ以上増やしても更なる効果は期待できないことがわかっています。しかしながら、この量を毎時間摂取することは難しいでしょう。そこで、近年注目されている方法が、糖質に加えて他の栄養素を摂取することです。例えば、糖質に加えてタンパク質(0.4g/kg/時)を同時に摂取することで、糖質量を減らしても(0.8g/kg/時)、糖質を大量(1.2g/kg/時)に摂取した場合と同じぐらい運動後の筋グリコーゲンが回復することが報告されています。(糖質とタンパク質を同時に摂取した場合には、十二指腸や小腸からグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)やグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)等の消化管ホルモンが分泌され、その作用によりインスリンの分泌が増強された結果、筋グリコーゲンの回復が促進される。)こうした結果から、筋グリコーゲン回復のためには、その材料である糖質だけでなく、タンパク質も摂取することが進められるわけです。 
 また、糖質を摂取するタイミングも重要です。1988年にIvy教授らによって報告された論文には、長時間の自転車運動の終了直後もしくは終了2時間後に摂取した場合の筋グリコーゲン回復率を比較した結果、同じ量の糖質を摂取したのにもかかわらず、運動終了直後の方が、運動終了2時間後と比べて筋グリコーゲン回復率が約2倍高かったとしている。この点、国際スポーツ栄養学会(ISSN)による公式見解では、運動終了後30分以内に摂取するべきと記されている。しかしながら、明確に運動終了後何分目までに糖質を摂取するべきと明らかになっているわけではなく、なるべく早い時間帯に摂取できるならば摂取するべきだろうと考えられる。ただし、運動終了後の速やかな糖質補給が必要なのは、あくまで次レースまでに時間が限られている1日に複数レース行われる場合等に限り、グリコーゲンを回復させるのに十分な時間がある場合には、運動後それほど急いで摂取する必要はないです。なぜならば、回復までの時間が十分にあれば、たとえ糖質摂取が遅れて回復率が低下したとしても、筋グリコーゲン量は十分に回復するからです。

水分補給について

 水分は体内で細胞内液や細胞外液(血液、リンパ液)として化学反応を円滑に進めたり、栄養素や酸素を全身へ運搬したり、老廃物を除去したり、体温を調節したりする等、重要な役割を担っています。運動により体温が上昇すると、それに対し身体は熱放散のための皮膚血流や発汗を促進させます。しかし、発汗の増大は脱水を進行させ、心臓循環系への負担を増大し、やがて体温上昇を抑制するための熱放散も制限してしまいます。体重2%程度の脱水では著しい体温上昇は観察されませんが、それ以上になると1%ごとに体温は約0.3%、心拍数は約5~10拍/分上昇します。過度な脱水は身体に様々な機能に影響を及ぼすだけでなく、持久性運動能力も低下させ、脱水は3%を超えると瞬発性の運動能力や認知機能も低下し始め、5~6%の脱水では中枢神経系の障害も生じます。したがって、運動時の水分摂取は安全性の面からも運動パフォーマンスの維持・増進の面からも非常に重要です。

 発汗量に見合った水分摂取や失われた電解質を適切に補給することが重要です。そのためには個人にあった水分摂取の適量を見つけることが重要で、日頃の練習において体重をモニターしておく必要があります。現在、多くのガイドラインは、水分摂取の適量を体重減少が2%を超えない範囲としています。環境条件や体調などにより発汗量は異なりますが、水分摂取量の目安として、練習や試合前の1時間で500mL程度、練習や試合中は1時間当たり500~1000mL、練習や試合後は発汗量の2倍程度を摂取すると良いでしょう。一度に胃から腸管に移動できる水分量は200mL程度なので、1回の摂取量はおよそ200~300mL。また、水分摂取間隔をこまめにすると汗の蒸発に効果的な有効発汗を高く維持できます。さらに喉の渇きは脱水が進行してから自覚されるため、喉が渇く前から計画的に水分を摂取することが大切です。また、練習中は適宜、飲水のための休息を確保し、自由に水分を摂取できる環境を整えると良いでしょう。

「脚が攣る」について

 そもそも脚が攣る原因(筋肉が痙攣する原因)について科学的な解明に至っていません。昔から脚が攣る原因としては、汗によって脱水状態になったり、塩分とともに電解質が失われたりするからであると強く信じられています。このように「脱水」や「電解質不足」が原因と考える説は、もともとは高温多湿の環境で働く鉱夫や汽船労働者を対象にした研究での観察結果を基にしており、そこでの「汗で失われた水分と塩分を補給することで筋肉がつることを防げる」という観察結果が普及したものです。ただし、脱水症状は全身性の問題なので一部の筋肉にのみが痙攣する理由づけにはならない、また、筋肉内のイオンバランスの乱れが痙攣を引き起こすといった理論につき、どのイオンがどれくらいの濃度にといった詳しいことは未だに解明されていない等の指摘が多くあります。実際、トライアスロンの選手を対象にしたケープタウン大学の研究では、痙攣しがちなな選手とそうでない選手との間でレース前後の水分と電解質のレベルを比較したところ、有意差は認めらないことが明らかになりました。また、ブリガムヤング大学の別の研究では、被験者に体重の3%に相当する汗をかかせたところ、痙攣の発生には違いが認められないことがわかりました。
 そこで近年有力視されているのは、痙攣とは疲労、筋損傷、遺伝などいくつかの要因から生じる神経筋制御の変化と関係するという仮説です。筋肉は、神経系によって伝達される収縮を誘発するような「興奮性入力」と、弛緩を誘発するような「抑制性入力」といった2種類の反射信号のバランスをデリケートに保っているわけですが、激しい運動によって筋肉が疲労したり筋線維が損傷したりすることで、「興奮性入力」が増え「抑制性入力」が減ります。こうして反射信号のバランスが崩れると筋肉は過敏になり、反射信号がアンバランスな状態が続くと筋肉の痙攣につながっていく。そのような理屈です。これは、痙攣が全身性の問題ではなく局所性の問題であること、最も酷使している筋肉で痙攣が起きやすい説明にもなっています。

 

運動前

 痙攣と遺伝の関係を示唆する研究結果があるくらいですので、もちろん効果には個人差があります。
・ナトリウム・カリウム・カルシウムといった電解質(イオン)をしっかり補給しておく
 バナナはカリウムが豊富で、エネルギー源としても優秀なのでおすすめです。ショウガ、マスタード、シナモン等は神経伝達に対して効果的等とも言われています。
・レース前はテーパリング期間を設けて筋肉の疲労をしっかり抜くこと
・現実的な目標設定をしてレースに臨むこと
・自分の能力を大幅に上回るペースでのレース展開を避けること
 トライアスロンの選手を対象にしたシュルナスの研究では、痙攣を起こした選手は起こさなかった選手よりも「レース前に高い目標を設定し」、「自己ベストよりも速いペースでレースを進めていた」ことが明らかになっています。また、痙攣を起こした選手が、「レース直前の週にハードな練習した影響で、筋損傷関連の酵素血中濃度が上昇していた傾向があった」ことがわかっています。

 

運動後

・塩分を多く含むドリンクを飲むこと
 発汗による電解質バランスの損失に対しては、塩分を多く含むドリンクを飲むことが重要とされています。およそ3-6g/L程度の塩分濃度が良いようです。目安としては、経口補水液OS-1で2.92g/Lの塩分、ポカリスエットで0.49g/Lの塩分です。ただし、そのようなドリンクを飲んで小腸によって吸収されて体内で使われるまでには13分程度かかると言われているので、注意が必要です。
・足が攣ったら多少痛くても攣った筋肉を伸ばすこと
 攣った筋肉を伸ばすことは、抑制性の反射を誘発するとされます。したがって、多少の痛みは伴うものの痙攣を終わらせるために効果的な方法と言えそうです。
・脚が攣りそうになったら酢や芍薬甘草湯を飲むこと
 60mlのピクルスジュースを飲むことで、筋肉の痙攣が45%速く、平均で約85秒以内に収まるという報告があります。ただし、60mlのピクルスジュースでは、全身に水分を補給したり電解質のレベルを正常にしたりするためには不十分です。この結果に関しては、ピクルスジュースに含まれている「酢」が、筋肉の反射信号になんらかの刺激を与え、バランスを正常に戻すのに役立ったのではないかと考えられています。また、漢方薬芍薬甘草湯は筋痙攣に対して即効性があり、臨床的に多くの有効例が報告されています。芍薬甘草湯に含まれる成分が「Caイオンの細胞内流入を抑制」と「Kイオンの流出を促進」することで、筋肉弛緩作用をもたらすと説明されます。

アイシングについて

運動前

 運動前はアイシングをするべきでないと言われています。俊敏性に逆効果であったとする報告や上肢(太もも)の機敏性と正確性を妨げるとの報告があります。また、感覚を麻痺させるため、怪我のリスクを増加させる可能性があることを懸念する見方もあります。およそ運動20分前からはアイシングしない方が良いというのが一般的な認識です。本練習前やレース前に軽く身体に水をかける場面が多々あります。軽く水をかけて少し温度を下げる程度であれば、熱調整の意味合いでパフォーマンスを上げる効果があると言われています。故に、熱調整のためや少し気合を入れるためであれば、好きなだけやれば良いと思います。

 

運動後

 多くのランナーが激しい運動後にアイシングを行っています。これは、運動による筋肉の損傷と関係しています。激しい運動は筋肉に微細な損傷を引き起こし、それにより筋肉の成長が促された結果、回復後には以前より強化されていくわけです。しかしながら、この損傷は痛みも引き起こすため、それでは翌日のトレーニングに影響してしまうので、損傷による炎症を運動後に抑える必要があります。運動後に冷やすと血管が収縮するため、損傷した部位にたまった老廃物を早く排出する効果を生みます。スポンジを絞る的なイメージです。そして、再び風呂から上がって冷えた部分が温まると、新鮮な血液が流れ込んで治療を促進することにつながるわけです。基本的には以上が運動後に患部を冷やす理由になります。つまりは、腫れによって損傷を受けた組織周辺の毛細血管が圧迫を抑え、二次酸欠状態と呼ばれる組織の酸素欠乏状態を防ぐ、そんな目的なわけです。もう少し詳しく説明するならば、アイシングをすることで炎症を起こすホルモンであるプロスタグランジンとプロスタグランジンの働きを促進するCOXの増加を抑えることが根本的な理由になります。なぜならこれらが血流を増加させ、負傷箇所周辺の毛細血管を圧迫し、二次酸欠状態を引き起こすからです。
 しかし、これには反対意見もあります。プロスタグランジンは血流を促進し細胞の修復・成長材料を負傷箇所に集めると言われていますが、炎症は怪我に対する抵抗力をつけるために必要なのではないか、筋肉、腱、骨を強くするためには必要な過程なのではないかという意見です。構図としては、二次酸素不足を防ぐことで回復を促進させるべきなのか、修復・成長物質の放出を抑えないことで回復を促進させるべきなのか、のような構図です。この点、アイシングの効果を正確に実証するのは難しいでしょう。アイシングの効果に楽観的な論文があふれていて、短期的にはアイシングをした方が筋肉の損傷を緩和し回復を早める可能性が高そうな感じですが、多くの論文がプラシーボ効果について検討していないという点や、追跡期間が短すぎる(炎症による筋成長等の効果はより長期間の追跡が必要なのではないか)という点で疑問が残ります。
 冷風呂に入るにしても、もちろん運動後が望ましいです。冷却効果を浸透させるためには5-10分が適切と言われています。温度についても、冷たければ冷たいほどいいというわけでもなく、5℃以下の冷水を使用すると筋肉を損傷する恐れがあるからです。そこで有効な方法としては、「コントラスト療法」(5℃の冷水と40℃の温水をそれぞれ交代で浸かるプロセスを6回繰り返す方法)等があります。「コントラスト療法」の目的は、先述のように、何回もスポンジを絞るような効果を生み出すことです。このとき、深部の筋肉組織の温度を変化させるためには、1-2分では短すぎるので、上記の通り5分以上が好ましいと言われています。(持久的運動後の寒冷刺激は回復に悪影響をもたらすかもしれない、むしろ温熱刺激は骨格筋ミトコンドリアの適応を増強する可能性があり、回復が促進されるかもしれない、って見解もあるので正解はわかりません。)

ストレッチングについて

〈前提ーストレッチングの種類ー〉

・スタティック(静的)ストレッチング
 反動をつけずにゆっくりと関節可動域の限界近くまで筋や腱を引き伸ばし、その状態を一定時間保持します。
・ダイナミック(動的)ストレッチング
 伸ばそうとしている筋群の反対側に位置する筋群を意識的に収縮させ、関節の曲げ伸ばしや回旋などを行って、筋や腱を引き伸ばします。
・バリスティックストレッチング
 反動や勢いをつけて関節の可動域の全体あるいは可動域を超えるところまで筋や腱を引き伸ばします。
・PNF(固有受容性神経筋促進法)を用いたストレッチング
 関節の可動域の限界近くでパートナーの抵抗に反発するように、伸ばそうとしている筋の力発揮を行い、力を抜いた後、スタティックストレッチングを行う方法等が一般的です。

 

運動前

 運動前のストレッチングには、①運動中の怪我予防と、②運動のパフォーマンス向上効果が求められます。運動に必要な関節可動域が獲得されていない状態や筋や腱が硬い状態で運動すると、怪我を負う危険性が高まります。怪我の予防にはストレッチングで運動に必要な可動域を獲得し、筋や腱をほぐすと良いでしょう。肉離れの予防には特に効果的とされ、発生率は半分以下に減らせるとされています。また、運動パフォーマンスを向上させるためにはいわずもがな、運動に必要な可動域の獲得と筋や腱の機能の改善が必要となります。ストレッチングを通して、関節の可動域を広げたり、筋の萎縮を抑えたりすることで、運動前の準備ができると良いでしょう。

 

スタティック(静的)ストレッチング

 スタティック(静的)ストレッチングとは、動をつけずにゆっくりと関節可動域の限界近くまで筋や腱を引き伸ばし、その状態を一定時間保持するストレッチ方法です。スタティック(静的)ストレッチングには可動域を広げる効果はありますが、筋や腱の機能の改善効果はさほどありません。そればかりか、運動前の30秒以上のスタティック(静的)ストレッチングは、かえって筋の機能を低下させてしまい、パフォーマンスの低下や怪我のリスクを高めてしまう可能性があると報告されています。では実際、どのような差が出るのかと言うと、垂直跳びで約4~5%の記録の低下、ジャンプ系のテストにおいて接地時間がのびること、40mダッシュで平均0.1秒の記録の低下がみられたようです。また、30分間走においても、静的ストレッチをするのとしないのとでは、走行距離、心拍数、消費カロリーに有意な差がみられたようです。一番影響があるのは瞬発系の競技ではあるけれども、少なからず長距離にも悪影響をもたらしそうだ、というのが多くの研究者の立場と考えられています。この点、それは神経筋の周りで起きる現象が主因と言われています。静的ストレッチにより筋動員低下・筋系の剛性低下が見られる。その結果ランニング中における弾性エネルギーが低下する、つまりは「バネ」が失われる。そんなニュアンスです。したがって、運動前に30秒以上のスタティック(静的)ストレッチングの実施は良くないのがほぼ定説になっています。そのため、実際のスポーツの現場では、30秒未満のスタティック(静的)ストレッチングの利用が一般的です。また、スタティック(静的)ストレッチングには当日のコンディションをチェックする、すなわち、柔軟性のチェックすることで、どの筋を重点にストレッチングしなければならないかを確認する目的もありますが、その場合も30秒未満の実施にとどめることを心がけましょう。
 私自身、少し体を温めた後で、少しストレッチをすることは生理学的にはパフォーマンスを高めもしないし、低めもしないと感じています(肌感覚)。ウォーミングアップにおいては、自分なりのルーティーンを確立し繰り返すことで、精神的に安心し集中力が高まり、本来のパフォーマンスを発揮しやすいと言われています。この点、運動前にあまり効果が無いようなスタティック(静的)ストレッチングも、自分が気に入っていてそれで気分よく走ることができるなら、適度に取り入れる分には全く問題ないと思います。心理的に準備ができたように感じるということが一番の効果です。ただ、やり過ぎないようにねってことです。

 

ダイナミック(動的)ストレッチング

 ダイナミック(動的)ストレッチングとは、伸ばそうとしている筋群の反対側に位置する筋群を意識的に収縮させ、関節の曲げ伸ばしや回旋などを行って、筋や腱を引き伸ばしするストレッチ方法で、リズム良く実際のスポーツに近い動きを再現したものです。ダイナミック(動的)ストレッチングは運動に必要な可動域の改善効果と筋の機能を高める効果を併せもつことから、運動前に、ウォーミングアップとしてパフォーマンスを向上させるのに適した方法であると言えます。実際に、多くの研究でダイナミックストレッチングの実施によるジャンプ力やダッシュ力等の瞬発力の向上効果が示されており、最近では持久力の向上効果も確認されています。この点、ダイナミック(動的)ストレッチングを行うにあたっては、動きの速さと量を意識することが重要であり、最大限速く実施した方が瞬発力の向上効果が高いことがわかっています。(最初から速く実施しなくても、最初はゆっくり行い、徐々に速くしても同様の効果が得られます。)また、ダイナミック(動的)ストレッチングはその場で絶ったまま実施するよりも移動しながら実施した方が瞬発力の向上効果が示されています。
 以上のことを考慮すると、運動前のウォーミングアップとしてストレッチングを行う手順としては、お好みで30秒未満のスタティック(静的)ストレッチングを通して柔軟性をチェックした後、ダイナミック(動的)ストレッチングをメインに、30秒未満のスタティック(静的)ストレッチングを補助的に取り入れる方法が好ましいと考えられます。

 

運動後

 スタティック(静的)ストレッチングは、運動後であれば有効である(リカバリーを促進しうる)との見方があります。適切な時間行えば、精神的リラックス効果や柔軟性を高める効果はダイナミック(動的)ストレッチングより高いでしょう。この点、まだ決定的な証拠はないものの、スタティック(静的)ストレッチングによってIGF-1 と MGFの濃度が上昇することが証明されれば、こうしたホルモンの放出によって回復は早くなる上、適応とパフォーマンス向上につながるということが言え、運動後におけるスタティック(静的)ストレッチングの有益性を示すことが出来ます。
 また、怪我中、もしくは慢性的な筋肉の緊張がある人にとって、スタティック(静的)ストレッチングは尚有効であることが考えられます。これは、スタティック(静的)ストレッチングで可動域が広がったとしても、それはランニングに本来必要のない箇所というケースが多いのですが、怪我や慢性的な筋肉の緊張がある人は、ランニングに必要な可動域が普通の人と異なることもあるためです。

練習メニューを考えるときのヒント

 

1. トレーニングの原理原則

・過負荷の原理
 体力を向上させるには、単にトレーニングをこなせばよいというわけではなく、ある一定レベル以上の刺激を与える必要があります。これを過負荷(オーバーロード)の原理と言います。普段よりも強い刺激に対して筋肉は適応し、発達します。当然に、普段身体にかかる負荷よりも低いレベルの刺激をいくら与えても、体力が向上することはありません。

・特異性の原理
 トレーニングの効果は与えたトレーニング刺激に対して特異的に現れます。したがって、トレーニングに取り組むときは目的に応じた内容で行う必要があります。これを特異性の原理と言います。(例:部位特異性、動作特異性、速度特異性、エネルギー特異性など)

・可逆性の原理
 トレーニングによって得られた効果(身体機能の 向上)は、永遠に続くものではありません。トレーニングをやめてしまえば、いずれ元のレベルに戻ります。これが可逆性の原理です。持久系トレーニングで発達した心臓や増加した毛細血管、筋力トレーニングで強く大きくなった筋肉もトレーニングをやめてしまえば、元に戻ってしまいます。ただし、可逆性があるといってもトレーニングを1日でも休んだらダメというわけでは決してなく、回復の時間を確保することも、適切なトレーニング効果を獲得する上で重要です。とりわけ、ランニングは着地衝撃からも回復しなくてはなりません。アクティブレスとだからと言って走っていては、ダメージの上乗せでしかありません。あくまでJogは回復力を高める手段であって、走っても回復しないことを注意しましょう。

・全面性の原則
 あらゆるスポーツに共通して必要とされる要素を全体的に向上させるトレーニングを行うことを全面性の原則と言います。競技パフォーマンスを高めようとしたとき、それぞれの種目特性によって重要となる体力要素や部位が異なることから、鍛えるべき体力や部位の優先順位は競技種目ごとに異なりますが、多くのスポーツ競技は全身を使います。そのため、競技力向上のためには、全面性の原則に則った全身を鍛えるトレーニングが必要です。

・意識性の原則
 何のためのトレーニングなのか、どの筋肉を鍛えているのか等、意義や目的を理解してトレーニングに取り組むことを意識性の原則と言います。指導者に言われて盲目的にトレーニングするよりも、主体的に取り組む方が効果的です。

・漸進性の原則
 漸進性の原則とは、トレーニングの内容を徐々に高度な方向に進めていくことを指します。トレーニングを継続して行っていると、目的とした体力要素が増強していきますが、この時、強くなった自分に合わせてトレーニングの強度も高めていくことが必要です。ただし、強度を高くする場合、急激に上げるのでは、怪我のリスクを高めるだけでなく、トレーニング効果を減少させてしまう可能性があるため、徐々に高めることがポイントです。

・反復性の原則
 トレーニングは、1回あるいは数回取り組んだだけですぐに効果が出るものではありません。身体機能の向上に成果が得られ、明らかな効果を実感するためには、トレーニングを規則的に一定期間繰り返し行う必要があります。これが反復性の原則です。

・個別性の原則
 個人の特質を考慮し、体力レベルや健康状態に応じたトレーニングを行うことを個別性の原則と言います。すべての人に万能な唯一絶対のトレーニングは存在しないため、個々人に合ったトレーニングプログラムを作成する必要があります。

 

2. 練習メニューの数式化

 前提として、過去だけでなく現在も、各コーチによってトレーニングプログラムの特色は大きく異なり、未だにこれをやれば上手くいくというようなトレーニングプログラムは誕生していません。それは一つに、トレーニングは二律背反(アンチノミー)によって構成されるからです。二律背反(アンチノミー)とは、二つの相矛盾する命題である定立(テーゼ)とその反定立(アンチテーゼ)が等しい合理的根拠をもって主張されることを指し、大きく3つの二律背反(アンチノミー)があるように考えます。

 

・第1アンチノミー
レースで好結果を残すためには、負荷の高いトレーニングが必要である。
レースで好結果を残すためには、身体を回復させることが必要である。

 

 レースで好結果を残すためには、高負荷のトレーニングが必要です。また、同時に質の高い休養も必要です。しかし、この二つは相容れません。高負荷な練習をすればするほど、その分身体を適切に回復させることは難しくなるし、過去に行ったトレーニングから体を完全に回復させようとすればするほど、高負荷な練習を入れる機会が減ります。 

 

・第2アンチノミー
レースで好結果を残すためには、練習量を増やすが必要である。
レースで好結果を残すためには、質の高い練習が必要である。


 練習量を増やせば練習の質は落とさざるをえないし、質を高めれば練習量は落とさざるをえません。これは第1アンチノミーにも言えることですが、全体の練習の負荷自体は、各個人によってこなせる限界が決まっていることに起因します。


・第3アンチノミー
レースで好結果を残すためには、一般的なトレーニングが必要である。
レースで好結果を残すためには、特異的なトレーニングが必要である。

 

 特異的とは、その競技にとって専門的であることを指します。反対に、特異的なトレーニングから離れれば離れるほど一般的であると言えます。例えば、1500m走者にとって、最も特異的な練習は1500mを全力で走ることになります。一方で、一般的な練習としてはペース走等が挙げられます。一般的な練習の土台の上に1500m走者としての高い能力が積み上げられていくのであり、一般的な練習は走るだけとは限りません。体幹レーニングや筋力トレーニング、バイク、水泳といったトレーニングも含まれるわけです。ここでもやはり、一般的トレーニングに重点を置きすぎると疲れ切って特異的な練習が出来なくなるし、特異的な練習ばかりやっていると強固な土台が出来ないので、ステップアップしていくことが難しくなると考えられます。

 練習メニューを考えるという作業は、この3つのアンチノミーへの応答を考えることだと言えます。ただし、大雑把に3種類に分けられるという意味であって、さらに細分化していくことは当然可能です。例えば、練習量といっても走行距離のみの意味ではありません。1000m*5の5kmとJogの5kmは同じ強度ではないですし、週間走行距離が同じ100kmの選手だとしても、週2回の練習で100km走る選手と週7回の練習で100km走る選手では、身体への負担は異なります。また、練習の質を同じにしても、restの長さが異なれば負荷も異なります。
 先述したように負荷と休養、量と質、一般性と特異性の3次元に対してそれぞれ分類が可能であり、そのそれぞれの次元がさらに細分化していくと考えると、適切な練習メニューを言語や数値で表そうとしたとき、莫大な数の組み合わせが誕生するわけです。
 そこで、前置きが長くなりましたが、これらを踏まえて練習メニューを数式化していきます。数式化するメリットとしては、シンプルかつ美しく表現できる点。言語化を試みれば軽く一冊の本になるような内容も、その数式の意味が分かる人にはたった一行で表すことが出来る。そうすれば、簡単に説明できるのではないかと考えました。
 トレーニング効果(Training Effect)をTE、負荷(Stress)と休養(Rest)のバランスをSR、量(Quantity)と質(Quality)のバランスをQQ、一般性(Generality)と特異性(Specificity)のバランスをGSで表し、それぞれa、b、cを定数とするとき、
TE = aSR + bQQ + cGS
が成立し、TEが最も高くなる練習メニューが理想的だと言えます。(考え方によっては、さらに細分化もできると思います。)
 3つのアンチノミーにおいて、それぞれ優先順位が異なる以上、定数をかけて調整しなければなりません。そのための定数a、b、c。しかしながらこの数式には、時間という概念がありません。レース100日前と10日前では負荷と回復の最適解は自ずと異なりますし、トレーニング原則より一般性から特異性へと重要度は傾いていきます。
例えば、アキレス腱を痛めているとしましょう。レースまであと10週間。こんなとき。
 「レースまでまだ時間がある。TEを最大化するためには故障を長引かせることだけは避けなければいけないのでaはb、cに比べて高くなる。GS(一般性と特異性のバランス)の最適解は一般性の優先度の方が高くなる。SR(負荷と休養のバランス、ここでは患部の状態を悪化させるリスクと回復にかかる時間)とGSの兼ね合いから、アキレス腱を回復させながら一般的なトレーニングを行おう。したがって、具体的にはバイクや水泳をやりつつ、中強度程度の持久走を取り入れていこうか。」と。そんな感じに考え得るわけです。
 数式化することによって、優先順位が明確になるので迷いが減るような気がしています。数式化によって自動的に最適解が導かれるわけではないですが、物事をシンプルに考えることが可能になったように思います。ただ、もっといい方法があるはず。

 

3. 「量」と「強度」のバランス

 中でも、長距離走においてトレーニング効果を決める2大要素は「量」と「強度」である言えるでしょう。つまり、トレーニング効果(Training Effect)は量(X)と強度(Y)の2変数関数で表されると言えるわけです。一番簡単な形にするとTE=AX+BYでしょう。XとYにかかる定数A、定数Bは個人の特性やトレーニング歴によって変わりますし、この数式には時間が存在しないので時間が経つことで定数が変わりうることもあります。
XとYを高めた分、トレーニング効果もそれに伴って高まります。しかし、強度にせよ、ボリュームにせよ、増加が大きくなるに従い得られる恩恵の割合は小さくなります。まったく走ってない状態から月間200km走ることは大いに効果がありますが、月間800kmから1000kmに増やしても前者ほどの効果はないということです。故に、仮に視覚化するなら対数関数のグラフがしっくりくるでしょう。


 したがって、TE=AlogX+BlogYと仮定します。
また、無限にトレーニングをこなせるわけではないので、かけられる負荷は有限であることから、X×Y=C’ (C’≦C)という式を導き出すことができます。Cはこなせるトレーニングの限界値で、C’は実際にトレーニング負荷。正しいフォームを身に付け、身体を強くすることができればトレーニングの絶対量Cの値は大きくなります。回復効率が高まり、競技に対するモチベーションが高まればC’の値もCに近づくでしょう。
 すなわち、TE=AlogX+Blog(C’-X)というように、Yを消してXだけの式を表すことができるわけです。
 以上が、トレーニング効果を表す式です。長期的にはこれを時間で積分したものが実際の効果になりそうです。
 トレーニング効果を最大限高めるには、Zが最大となるようなXを設定することが肝要です。前述したように、定数も時間とともに変動するので、Xの取り方も変わってくるでしょう。
 便宜上、A=15、B=5、C’=40のグラフを作成しました。


 X=30前後で最大値をとります。
 最大値あたりではほとんど値が変わらないのに対し、遠ざかるに従って効果の落ち幅は大きくなっているのがわかります。Jogしかしない練習では数値は小さくなる(練習効果は低くなる)し、だからといってダッシュのような練習のみでも数値は小さくなる(練習効果は低くなる)と説明すると分かりやすいかもしれません。一方で、おおよそ原則にのっとっているトレーニングであれば、ほとんど効果は変わらないこともわかると思います。
 では次に、C’=40とよりトレーニング負荷の量を高めたC’=50とで比較していきます。


 以上のグラフからは以下のことが読み取れます。
・トレーニング負荷を高めても、方針を間違えると低い負荷よりも効果が得られない場合がある。
・トレーニング負荷が高ければ、おおよその方針が正しいだけでトレーニング負荷が低い場合よりも効果は高い。
 この点、定数C‘が変わっておらず(変わらない前提で考えて)、グラフの最大値を見つけることにだけ躍起になることは、強くなるための手段として非合理になっている可能性があるということがわかると思います。
 それも大切ではありますが、TEを大きくする手段としては、
①正しいフォームを身につける、身体を鍛えるなどでトレーニング負荷の絶対量Cを高めること。
②回復効率を高める、モチベーションを高く持つなどでC’を可能な範囲内で高めること。
③高いC’を維持しつつ、Zが最大となるようなX(Y)を見つけること。
の3点であると言えます。

 レベルが高くなるにつれて定数A、Bは小さくなり、C’も限りなくCに近くなるため、③の段階が重要になります(特にボリュームにかかるAは小さくなるはず)。現状の定数A、B、Cを自身で推察し、その値や伸びしろ、自身の置かれた状況から判断して、どのプロセスに注力すべきかを考えるのがトレーニングの醍醐味といえるでしょう。

 

4. 多様な練習を組み合わせる理由

 長距離選手におけるトレーニング構成は基本、ポイント練習はレペティション、インターバル、ペース走の組み合わせです。それを週2~3回行い、その他、間の日や朝はJogをするのが一般的です。ではなぜ、多様な練習を組み合わせてトレーニングプログラムを組むことが一般的なのかでしょうか。
 この点、回復周期が大きく影響すると考えられます。そもそも筋肉には「超回復」と呼ばれる現象があります。トレーニングで筋肉が壊されると、時間をかけて修復され、やがて壊される前よりも高い能力を持つ筋肉がつくられるといったものです。この現象によって、トレーニングと休養を繰り返すことでパフォーマンスが向上すると考えられています。この点、逆に、回復が不十分なまま次のトレーニングを始めてしまうことを繰り返していると、かえって筋肉の能力が低下してしまうだろうと考えられています。もちろん、回復に必要な時間は筋肉によっても異なりますし、どの程度壊されたか等、個人差もあるわけですが。
 また、「超回復」は筋肉だけでなく、循環器系や心血管系でも同じ理屈で考えることができます。LT以下のペース、例えばゆっくりLong Jogを行う際、速筋はほとんど動員されません。一方、LT以上のペースで練習すると速筋が多く動員されます。速筋はすぐ疲労してしまい、回復に時間がかかりますが、遅筋は回復にさほど時間はかかりません。したがってポイント練習とポイント練習の間にJogを行えば、速筋を回復させつつ遅筋も維持できるというわけです。心肺機能についても同様です。心肺機能は基本的、回復が速いが衰えるのも速いので、毎日走ることが望ましいです。しかし、酸素負債を伴う練習では血液のpH値が下がってしまい、これが元に戻るまで時間が必要とされます。したがって、酸素負債を伴う練習を連日行わず、間の日にJogをすることが望ましいと考えられています。
 しかしながら、私たちは常に、タイムトライアルを頻繁に実施するトレーニング効果を上回るような、トレーニングをこなすことができているか考えなければなりません。もちろん、課題は分割し、修正したのち、能力を再構成するべきとの見解から、タイム向上のボトルネックになっている部分を効果的に改善できないとする考えや、特異性の高いVO2maxは強化できても、スピード(解糖系)を強化するにはペースが遅く、LTを強化するには時間が短く、全体として非効率となるとの考えがありますが、一概にタイムトライアルを上回るようなトレーニングができているとも言い切れないのではないでしょう。

 

5. トレーニング負荷の変動

 仮に1週間あたりのトレーニング総負荷は同程度だとしたとき、1日あたりのトレーニング負荷が大きい場合と小さい場合(走る日と走らない日の負荷の差が大きい場合)では、リターンないし故障リスクは変化するだろうと考えられます。(リターンはあまり変わらないかも。)
 トレーニング負荷は変動の大きさが刺激になり、その疲労から回復することで適応します。しかし、負荷の変動が大きすぎる場合、刺激が強すぎて(リカバリー不十分で)故障や不調に繋がりやすいでしょう。反対に、負荷の変動が小さすぎる場合、故障リスクは少なくとも、リターンはそれなり止まりでしょう。したがって、トレーニング負荷の変動は大きい方が良いですが、適切な幅があると考えられます。変動幅に関しては、スピードタイプが大きく、スタミナタイプが小さく設定するのが一般です。また、年齢を重ねれば重ねるほど変動幅を小さくした方が良いように感じます。ジュニア期のアスリートはトレーニング負荷にメリハリをつけて、変動幅を大きくしてあげた方が伸びる傾向にありそうです。
 実際に近年では、トレーニングの組み合わせや時間帯など、トレーニング処方の効果を検証する研究も増えてきています。例えば、「毎回休まずトレーニングを繰り返した場合」と、「休日を1日挟み、その代わり1回のトレーニング量を2倍にして継続した場合」のトレーニング効果を比較した研究では、どちらも1週間のトレーニング量は同程度になるわけですが、1日おきに2倍トレーニングを行った場合の方が、脂質代謝能力の亢進、安静時貯蔵グリコーゲンレベルの増大、持久性パフォーマンス向上等、持久性能力に対する効果は高い可能性が指摘されています。
 また、自転車追い抜きのドイツチームは、LT以下の低強度運動と血中乳酸濃度が10mmol/Lにも達する超高強度の運動を主に行い、レースペースに近いOBLA強度付近のトレーニングをほとんど行っていないことが報告されています。ケニア人ランナーのトレーニング分析でも、高強度トレーニングを取り入れている群の方が、LT付近の持久走を主に行っていた群よりもパフォーマンスが高かったことが報告されています。これらの報告は、中強度のレースペース付近の運動よりも、高強度の運動と低強度の運動を組み合わせることで、ターゲットとなる中強度のパフォーマンスが向上する可能性を示唆しています。

 

6. 練習メニューの匙加減

 練習メニューを処方する際、基本的には最初に理想のメニューを作って、そこから下方修正する形を取ります。日々、実際の反応を見ながら、できないと判断したらその日の内容を修正したりだとか、高強度練習自体をスキップしたりできると良いでしょう。実際に研究としてトレーニング実験を行うと、良いとされているトレーニングを被験者に処分したとき、被験者全体の平均としてはパフォーマンスが向上します。しかし、それはあくまで全体の平均であって、個人の変化をみるとパフォーマンスが変わらない人も出てきます。そういう人らをノンレスポンダーと呼ぶのですが、そうなる原因の1つとしては、処方としてトレーニング量や強度がノンレスポンダーの個人にとって足りていないという可能性が考えられます。ある研究ではノンレスポンダーだけを抜き出してトレーニング量や強度を上げて再び処方すると、パフォーマンスが向上したことを報告しています。つまり、トレーニング効果を正しく生み出すには、その個人にとって十分にきつい負荷を与えるということが重要ということです。一方で、負荷が高すぎる練習をずっと続けるとオーバートレーニングになったり、精神的に疲弊したりします。そこで、疲労を適切にモニターし、十分に追い込むが一線を越えないという練習メニューの匙加減が大事になってくるわけです。
 当たり前ですが、誰もが超絶速くなる、一撃必殺、逆転サヨナラ満塁ホームランみたいな練習は存在しません。トレーニングに数字があるとするならば、提示している(されている)トレーニングは100%なわけありません。そのため、画一的に練習メニューの匙加減を調節するのは困難なわけです。したがって、このとき、練習メニューの匙加減を意識する場合には、選手自身が絶えず自分で考え、各々の取り組みで練習メニューを目的に沿ったものに書き換え、100に近づけようとする姿勢が必要です。選手一人ひとりの能力が違う以上は自分で課題を把握し、自分で組み立てていく力が求められるでしょう。自分の身体を一番よく知っているのは選手自身なので、選手の意見や感覚と指導者の経験則や感覚、さらに客観的なデータもすり合わせていくことで正しいものに近づいていきます。このようにいろいろな情報をすり合わせて正解に近づこうとするときには、選手自身が自らの状態を把握し共有できる力がないと難しいでしょう。(コーチの役割は、この状況下で、対象を理解してその子の最適解を見つける作業を一緒にすることです。)
 この点、個人に合わせた指導を行う場合、練習メニューの匙加減という観点においては優れているように思います。一方で、個人に合わせた指導と言うと聞こえが良いのですが、実際、ジュニア期にそれで強くなる選手は統計的に少ないように感じています。目的意識が高い選手ほど成功する確率が高いですが、この目的意識を持つことに気づかない選手も一定数います(結構多い)。とりわけ、中学時代にそれなりの成績を残してきた女子選手のほとんどは、熱心な指導者の下でとりあえず走らされていて、やらされる中で気づいたら速くなっていたというケースがほとんどです。(この点、繰り返しになりますが、コーチの役割は、対象を理解してその子の最適解を見つける作業を一緒にしていくことであり、各々が考える理想に近づけるよう背中を押す指導をすることなので、こうしたケースにおいては、適宜コミュニケーションをとりながら対応していくことが求められます。)
 ただ、そのような立ち回りをする指導者(コーチ)がいないために、困ったちゃんな場合がほとんどでしょう。この時、考えられる対応策の一つとして、部内にたくさんの指導者を養成していくことがあります。例えば、練習内容は競技経験豊富な上級生部員中心にメニューを組み指示する担当チームを作り、その日の担当者が指示をする。実施したメニューについてはすべて報告してもらい、みんなが後日確認できるように残す。このように学生が主体的に指示する機会を得る仕組みを作ることで十二分に補うことができると思います。結果として、部員同士の関わりの中で、練習メニューの匙加減も各々に合わせて上手く調節できるようになる(しやすくなる)のかなって思ったりします。